副題:29の実質セッションに、日本チームはゼロ。経済規模は域内トップ級なのに、発言シェアはわずか3.6%。
2026年10月4日から7日まで、ネパール・カトマンズでアジア太平洋インターネットガバナンスフォーラム(APrIGF 2026)が開かれています。私はこのフォーラムの登壇者リストを一通り確認して、正直に言えば愕然としました。コミュニティから提案された約30本の実質セッション──つまりこのフォーラムの中身そのもの──に、日本から手を挙げた「チーム」が事実上ひとつも無いのです。
一方で、すぐ隣の台湾と韓国は、自国の若手を束ねたチームでセッションを丸ごと運営しています。この落差は、単なる出張者数の問題ではありません。アジア太平洋のルール作りの現場に、日本がプレイヤーとして座っているのか、それとも来賓席で拍手をしているだけなのか、という話です。この記事では、その「不在」を数字・表・グラフで淡々と示していきます。
数字で見る「不在」──29セッションに日本のチームはゼロ
まず事実を並べます。カトマンズのプログラムで、コミュニティが企画・提案した実質的なワークショップ/パネルは29本。この29本に対する日本の関与は、こうです。
- 日本人モデレーター:1名のみ(八田真行氏)
- 日本人スピーカー:0名
- 日本人チームが企画・登壇する「日本主導セッション」:0本
- 日本政府機関(総務省など)の登壇:0件
しかもこの唯一の1枠──暗号化規制をテーマにした「Backdoors, Blackouts, and Big Tech」──は、提案時点で確定スピーカーがひとりもおらず、提案者自身が「東南アジアから登壇者を探している」と書いている、いわば骨組みだけのセッションです。日本人が束になって企画を立て、自国の論点を世界に持ち込んだ、と胸を張れるセッションは、29本のうち一本もありません。
日本人が「登壇者」として名を連ねるのは、最終日3日目のセレモニー枠だけです。会津泉氏がオープンダイアローグに、加藤氏(Masanobu Katoh)と堀田氏(Hiro Hotta)が閉会式に登場します。いずれも長年この世界を支えてきた重鎮であり、その存在自体は心強い。だが裏を返せば、日本の顔は儀式の場にしか出てこないということでもあります。中身の議論は若い世代が各国チームでぶつけ合い、日本はその輪の外から閉会の挨拶をしている。この構図を、私は危機だと感じます。
そしてもう一つ見落とせないのが、日本政府機関の登壇がゼロだという点です。開会プレナリーには開催国ネパールの情報技術・デジタルガバナンス局(ITDGO)次官が登壇し、各国の政府関係者も要所に顔を出しています。それなのに、日本からは総務省をはじめとする行政の代表が一人も壇上に立っていません。登壇した数少ない日本人も、研究者と民間団体の立場であり、国としての関与──政策当局がアジア太平洋のルール形成に加わる姿──は、どこにも見当たらないのです。市民社会・民間・政府のいずれの層でも、日本の存在感が薄いということです。
経済規模は域内トップ級、なのに発言シェアは3.6%
「人が集まらなかっただけでは」と思われるかもしれません。そこで、各国の経済規模(名目GDP)と、実際の登壇者シェアを突き合わせてみました。下の表は、公式プログラム全体に名前が出たモデレーター・スピーカーを国籍別にユニーク人数で集計し、アジア太平洋域内でのシェアを、名目GDPのシェアと並べたものです。
| 国 | 名目GDP(億ドル) | GDPシェア | 登壇者数 | 登壇者シェア | 存在感指数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本 | 40,700 | 22.6% | 4 | 3.6% | 0.16(最下位) |
| インド | 38,900 | 21.7% | 21 | 18.8% | 0.87 |
| 韓国 | 18,700 | 10.4% | 5 | 4.5% | 0.43 |
| オーストラリア | 17,500 | 9.7% | 6 | 5.4% | 0.56 |
| インドネシア | 14,000 | 7.8% | 5 | 4.5% | 0.58 |
| 台湾 | 8,000 | 4.4% | 8 | 7.1% | 1.61 |
| フィリピン | 4,700 | 2.6% | 5 | 4.5% | 1.72 |
| バングラデシュ | 4,500 | 2.5% | 6 | 5.4% | 2.16 |
| パキスタン | 3,750 | 2.1% | 5 | 4.5% | 2.20 |
| スリランカ | 900 | 0.5% | 3 | 2.7% | 5.40 |
| ネパール(開催国) | 440 | 0.2% | 22 | 19.6% | 81.7 |
グラフの青い棒(GDPシェア)と、オレンジの棒(登壇者シェア)を見比べてください。日本は青い棒が22.6%と域内トップ級に長いのに、オレンジの棒は3.6%しかありません。経済規模にまったく見合わない、極端に小さな発言量です。インドはほぼ同じGDP規模でありながら、登壇者シェアは18.8%。台湾に至っては、GDPシェア4.4%に対して登壇者シェアは7.1%と、経済規模を上回る存在感を示しています。
存在感指数で見ると、日本は主要国で最下位
この乖離を一つの数字にしたのが「存在感指数」です。登壇者シェア ÷ GDPシェアで計算し、1.0を超えれば「経済規模より存在感が大きい」、1.0未満なら「経済規模より小さい」ことを意味します。
結果は明快でした。日本の存在感指数は0.16。開催国ネパールを除く域内主要国のなかで、断トツの最下位です。韓国(0.43)の約3分の1、台湾(1.61)の約10分の1。GDPがほぼ同規模のインド(0.87)と比べても、5分の1以下です。
逆に、スリランカ(5.40)、パキスタン(2.20)、バングラデシュ(2.16)、フィリピン(1.72)、台湾(1.61)は、いずれも指数1.0超。経済規模が小さくても、それ以上に自国チームを送り込んでいる国々です。日本だけが「大きな経済・小さな発言」という、ひとり際立った非対称に陥っています。
台湾・韓国は「チーム」で来ている
数字の背景にあるのは、「チームで来ているかどうか」の差です。
韓国は、「AI訓練データのガバナンス」というセッションを、モデレーター以下スピーカー4名まで全員が韓国の若手団体(KISAの若手IGチーム)で固めてきました。一国の若手が丸ごとひとつのセッションを運営し、自国の問題意識を地域に提示しています。
台湾はさらに徹底しています。「技術的負債から戦略的リスクへ」はモデレーターからスピーカーまで4名全員が台湾。「海底ケーブルが途絶えるとき」も2名とも台湾。加えて、ほかに2本のセッションを台湾人がモデレートしています。実質3〜4本を台湾勢が担っている計算です。
人口規模でも、国際社会での立ち位置の難しさでも、台湾は決して有利な側ではありません。それでも彼らは、限られたリソースを「地域のルール作りの現場に自国チームを送り込む」という一点に集中させている。この戦略性と、日本の「チームゼロ」との差は、もはや誤差では説明できません。
2027年の開催国発表を、誰がするのか
もうひとつ、私が引っかかった点があります。閉会式で「APrIGF 2027の開催国」を発表するのは、日本の堀田氏(Hiro Hotta)だということです。
次回開催に向けて日本が何らかの役割を担う可能性を示唆しているのかもしれません。だとすれば、なおさらこの2026年の不在は痛い。開催地やホスト役を引き受ける国が、その前年のプログラムに一本も自国チームのセッションを出せていない──これでは「場所は貸すが、議論はお任せします」と言っているようなものです。ホストとは会場を用意する係ではありません。地域の論点を設計し、議論を牽引する役回りのはずです。
私たちは何をすべきか
私は長くインターネットガバナンスの動向を追ってきた一人として、この結果を「人が集まらなかった」で済ませたくありません。問題は動員数ではなく、提案を出す文化と、若手を地域の舞台に押し出す仕組みが、日本に決定的に不足している点にあります。
APrIGFのセッションは、誰かに招かれて行くものではありません。自分たちで論点を立て、プロポーザルを書き、登壇者を集め、採択を勝ち取って初めて舞台に立てます。台湾と韓国の若手は、その一連のプロセスを当たり前にこなしている。日本に足りないのは英語力でも旅費でもなく、「ルール作りの現場に自分たちの議題を持ち込む」という発想と、それを支える裏方の仕組みです。
来年、ネパールの二の舞を避けられるかどうか。それは今この瞬間から、誰がプロポーザルの書き方を教え、誰が若手の背中を押すか、にかかっています。少なくとも私は、この「不在」を記録し、発信することから始めたいと思います。
まとめ
- APrIGF 2026の実質セッション29本のうち、日本チームが企画・登壇するセッションはゼロ。日本人モデレーターは1名(しかも登壇者未定の骨組み)、日本人スピーカーは0名。日本人が登壇するのは最終日の式典3名だけ。
- しかも日本政府機関(総務省など)の登壇も0件。開催国ネパールや各国が政府代表を送るなか、日本は市民社会・民間・政府のいずれの層でも存在感が薄い。
- 名目GDPシェアは域内トップ級の22.6%なのに、登壇者シェアはわずか3.6%。両者の比(存在感指数)は0.16で、域内主要国の最下位。
- 韓国は完全な若手チームで1本、台湾は自国単独チームで実質3〜4本を運営。経済規模の小さい国ほど、むしろ存在感指数が高い。
- 次回2027年の開催国を発表するのは日本人なのに、本編に日本チームは一つもない。この非対称こそが、いま直視すべき課題です。
参考データ・出典
- APrIGF 2026 公式プログラム(セッション・登壇者)https://2026.aprigf.asia/programs/
- 各セッションの登壇者・国籍は、公式プログラムからリンクされた個別プロポーザルページ(forms.for.asia)を一件ずつ集計。
- 名目GDPはIMF「World Economic Outlook」2024年推計(概数)。域内=アジア太平洋の国・地域、国籍明記分で集計。
※登壇者数は本記事による集計値(2026年10月時点)で、国籍未明記・非アジア太平洋の登壇者は除外しています。GDPは概数のため、確定値とは多少異なる場合があります。人名のうち、加藤氏(Masanobu Katoh)・堀田氏(Hiro Hotta)の漢字表記は公式プロフィールで要確認です。
更新履歴
第1稿 2026年10月4日

