首都高・横浜環状北線(横浜北線)を初めて通行|開通9周年の日に走った岸谷生麦JCT〜港北JCT

首都高・横浜環状北線(横浜北線)を初めて通行|開通9周年の日に走った岸谷生麦JCT〜港北JCT

横浜市内で用事を済ませた帰り道、初めて首都高速の横浜環状北線を通行した。2026年3月18日のことだ。

後から気づいたのだが、横浜環状北線が開通したのは2017年3月18日。計らずも開通9周年の当日に、初めてこの路線を走ることになった。

横浜環状北線(横浜北線)とは

横浜環状北線(通称:横浜北線)は、首都高速神奈川1号横羽線の岸谷生麦ジャンクション(JCT)と、新東名高速道路の港北JCTを結ぶ延長8.2kmの路線だ。

全線の大部分が地下トンネル構造になっており、横浜市鶴見区・港北区の住宅密集地の真下を通り抜ける。シールド工法と開削工法を組み合わせたトンネルで、地上に出るのは両端の立体交差部分と、ごく短い区間に限られる。

横浜中心部と新東名・圏央道方面を直結するルートであり、開通前は首都高横羽線を経由してK3湾岸線から遠回りするか、一般道を使うかしかなかったエリアへのアクセスを大幅に改善した路線だ。

横浜市街から岸谷生麦JCTへ

横浜市内の一般道を北上し、首都高横羽線(K1)へ入る。K1は古くから整備された路線で、防音壁の色味や古さが横浜環状北線とはまったく違う。

鶴見川を渡る橋梁部分では左手に大きな水面が広がり、横浜の臨海工業地帯が見渡せた。夕方の逆光でシルエットになった工場群が続く、見慣れた横羽線らしい光景だ。

岸谷生麦JCTの分岐手前、ガイドサインが「港北・新横浜」方面を案内している。そちらへハンドルを切ると、一気に路線の雰囲気が変わった。

横浜環状北線の地上部分へ

分岐直後から、これまでのK1とはまったく異なる景観になる。

白くて高い、リブ(縦方向の溝)が入った金属製の防音壁が両側に立ち並ぶ。路面も舗装が新しく、路肩の白線もくっきりしている。開通から9年しか経っていないこともあって、全体的に清潔感がある。

右手には大きな斜張橋の桁と斜めに伸びるケーブルが見えた。横浜環状北線が岸谷生麦JCT付近で持つ橋梁構造だ。立体的な構造物が次々と視界に入ってくるあたり、大規模なインフラをいま走っているという実感がある。

頭上にはETC/VICSのゲートが設置されており、道路上の情報収集インフラも整っている。全体として、2017年代の高速道路設計の水準がよく表れた路線だという印象を受けた。

トンネルを抜けて港北JCTへ

地上部分はわずかで、すぐに道路は地下へと潜る。住宅地の地下を掘り進むトンネル区間は、天井が低めで照明の間隔も密だ。横浜の街の真下にこれほどのスケールのトンネルが通っているのかと思うと、土木工事の規模の大きさをあらためて感じさせる。

トンネルを抜けると再び地上部へ出て、高架橋を走る形になる。左手には電車の架線や線路が並行し、住宅と工場が混在する港北区らしい景色が広がった。

そのまま進むと港北JCTに到達する。ここで新東名高速(E1A)に接続し、大和・海老名方面や第三京浜方面へと分岐できる。横浜環状北線を走ったのはわずか10分ほどだったが、横浜北部へのアクセスルートとして非常に使いやすいと感じた。

感想

横浜環状北線は、初めて走ってみると想像以上に快適な路線だった。

新しい路面、統一感のある設備、わかりやすいガイドサイン。K1横羽線の古い区間から乗り継ぐと、その違いがはっきりわかる。横浜中心部から新東名へ最短ルートで抜けられるこの道は、今後も積極的に活用していきたいと思う。

まさか開通9周年の日に初めて走ることになるとは思っていなかったが、記念日に走れたのはちょっとした縁だったかもしれない。

走行動画

AM1.帰り道・フロントカメラ(動画)

AM2.帰り道・リアカメラ(動画)

AM3.帰り道・ドライブレコーダー映像(動画)

撮影機材

  • ドライブレコーダー(前後2カメラ)

更新履歴

第1稿 2026年6月4日 1時41分