礼文島のインフラを訪ねる〜礼文町灯油備蓄施設・礼文空港・礼文発電所〜

礼文空港ターミナル正面(看板アップ)

礼文島のインフラを訪ねる〜礼文町灯油備蓄施設・礼文空港・礼文発電所〜

2026年5月8日、礼文島内を移動する中で、かねてから気になっていたインフラ施設を集中的に巡った。

礼文島は稚内から北西約60kmに浮かぶ離島で、本土からの送電線も、ガスパイプラインも届かない。島のライフラインは完全に自己完結している。そのしくみがどうなっているのか、インフラマニアとしては素通りするわけにはいかない。

この日訪れたのは3つの施設だ。灯油の地域備蓄を担う礼文町灯油備蓄施設、定期便が廃止されて20年以上が経過した礼文空港、そして島内全域に電力を供給する礼文発電所(北海道電力ネットワーク)である。


礼文町灯油備蓄施設

礼文島では、冬季の暖房を中心に灯油の安定供給が欠かせない。離島である以上、フェリーが欠航すれば補給が途絶えるリスクがある。だからこそ、まとまった量を島内にストックしておく必要がある。

港沿いに設置されたこの施設には、大型の円筒形タンクが複数並んでいる。「礼文町」のロゴが入ったタンクと「JF船泊」(漁業協同組合・船泊支所)のタンクが隣接しており、行政と漁業が燃料備蓄を連携して行っている実態が読み取れる。

なお、現地フェンスの看板には正式に「礼文町灯油備蓄施設」と記されていた。通称として「石油備蓄施設」と呼ばれることもあるが、備蓄の主体は灯油である。

1.礼文町灯油備蓄施設(礼文町タンクNO.1・NO.2)

礼文町灯油備蓄施設(礼文町タンクNO.1・NO.2)

港沿いに並ぶ「礼文町」の大型灯油タンク。NO.1とNO.2の2基が堂々と立っている。赤いシンボルマークが印象的だ。フェリー岸壁に近い立地は、タンカーや補給船からの荷受けを考えると理にかなっている。

2.礼文町灯油備蓄施設(タンク正面)

礼文町灯油備蓄施設(タンク正面)

タンク側面には「礼 文 町」の文字。右奥に見える岩壁が港のすぐそばまで迫っており、平地の少ない礼文島の地形的制約をまざまざと感じる。

3.礼文町灯油備蓄施設(看板とタンク群)

礼文町灯油備蓄施設(看板とタンク群)

フェンスに掲げられた「礼文町灯油備蓄施設」の看板と、奥に控えるタンク群。左の赤い建物はJF船泊の施設で、ポンプや配管類も見える。自治体と漁協が燃料備蓄で隣り合っている構図が、離島の自給体制の縮図だ。

4.礼文町灯油備蓄施設(施設銘板)

礼文町灯油備蓄施設(施設銘板)

フェンスの銘板のアップ。正式名称は「礼文町灯油備蓄施設」と明記されている。石油ではなく灯油という表記が、島の暖房需要を主眼に置いた施設であることを示している。

5.礼文町灯油備蓄施設(JF船泊タンク)

礼文町灯油備蓄施設(JF船泊タンク)

隣接する漁業協同組合「JF船泊」のタンク(NO.1)。漁船の燃料供給も兼ねているものと思われる。礼文島の漁業インフラを下支えする燃料備蓄の一角だ。


礼文空港

礼文空港は、香深の北側の台地上に位置する。1961年に開港し、稚内空港との間にYS-11型機などによる定期便が就航していた歴史を持つ。しかし2003年3月31日をもって定期便が廃止。2009年以降は無人化・供用休止となり、現在は緊急医療搬送用の予備飛行場として休止状態が継続中だ。休止期間は令和13年(2031年)3月31日まで延長されている。

完全廃港ではないが、実態は廃墟に近い。ターミナルには「立入禁止」の張り紙がされ、待合室はガラス越しにしか見られない。滑走路は草に侵食され、照明灯は錆びている。それでも施設が朽ちながら「ある」という状態が、インフラマニアとして刺さった。

緊急搬送用として維持されている以上、除雪機が格納庫に保管され、滑走路の舗装が残り、フェンスが張られ続ける。誰も乗り降りしない空港を「スタンバイ」させ続けるコストとその意義を、現地で考えさせられた。

6.礼文空港(石碑と全景)

礼文空港(石碑と全景)

「礼文空港」と刻まれた石碑の奥に、ターミナルビルと管制塔が見える。横に止めたランドクルーザー250と比較すると、離島の地方空港らしいコンパクトなスケール感がよくわかる。

7.礼文空港(石碑)

礼文空港(石碑)

石碑のアップ。苔がつき、年月を感じさせる。この石碑が健在のうちは、法的にも「空港」であり続けるということだろうか。

8.礼文空港ターミナルとランドクルーザー250

礼文空港ターミナルとランドクルーザー250

外壁の塗装は剥がれ、廃墟の雰囲気が漂うターミナル全景。管制塔の丸い展望部分にはガラスが残っており、往時の姿をわずかに想像させる。

9.礼文空港ターミナル(廃港の雰囲気)

礼文空港ターミナル(廃港の雰囲気)

窓の汚れ、外壁の剥離、足元の雑草。定期便廃止から20年以上が経過した現在の姿だ。

10.礼文空港ターミナル正面

礼文空港ターミナル正面

屋上の「礼文空港」の赤い大文字だけは今も健在だ。定期便廃止後も文字が撤去されないのは、緊急搬送用「休止空港」としての位置づけが続いているからだろう。

11.礼文空港ターミナル正面(看板アップ)

礼文空港ターミナル正面(看板アップ)

「礼文空港」の屋上文字を正面から。塗装は褪せているが、文字としての存在感は十分ある。

12.礼文空港の屋上看板

礼文空港の屋上看板

屋上の「礼文空港」文字を斜め下から見上げた。文字の骨組みが露出しており、経年劣化が進んでいる。

13.礼文空港ターミナル入口(立入禁止)

礼文空港ターミナル入口(立入禁止)

自動ドアに「立入禁止」の赤い紙と「礼文空港管理事務所」の文字。ガラス越しに待合室が見える。照明は消え、誰もいない。

14.礼文空港(滑走路端照明灯)

礼文空港(滑走路端照明灯)

滑走路端に設置された照明灯。オレンジと青のカラーリングが特徴的だが、錆が全体に進行している。かつてはYS-11型機の着陸を誘導したはずの灯火装置が、今は誰の機体も導かない。

15.礼文空港(廃港の滑走路)

礼文空港(廃港の滑走路)

滑走路を正面から見渡す。舗装面は残っているが、亀裂が入り草が侵食している。海に向かって伸びる滑走路の果てまで見通せる。

16.礼文空港(滑走路の広がり)

礼文空港(滑走路の広がり)

別角度から見た滑走路。平坦な台地と礼文島らしい灰色の空のコントラストが印象的だ。

17.礼文空港(滑走路とフェンス)

礼文空港(滑走路とフェンス)

フェンス沿いから見た滑走路。緊急搬送用とはいえ、使用可能な状態を維持するにはそれなりのコストがかかっているはずだ。その費用を誰が、なぜ負担し続けているのか。離島医療を支えるための投資として、必要なものだ。

18.礼文空港待合室(ガラス越しに覗く1)

礼文空港待合室(ガラス越しに覗く1)

汚れたガラス越しに見える待合室。テレビモニターが残り、出入口の「出」の文字が見える。2003年以降、ここに旅客が集まることはなくなった。

19.礼文空港待合室(ガラス越しに覗く2)

礼文空港待合室(ガラス越しに覗く2)

待合室の別角度。壁には礼文島の風景写真が掲げられたまま。椅子が数脚、整然と並んでいる。

20.礼文空港待合室(ガラス越しに覗く3)

礼文空港待合室(ガラス越しに覗く3)

薄暗い室内。埃が積もり、時間が止まったような空間だ。

21.礼文空港待合室(ガラス越しに覗く4)

礼文空港待合室(ガラス越しに覗く4)

窓枠越しに見た待合室内部。窓ガラスの汚れが、長年放置されてきた歳月を物語る。

22.礼文空港格納庫(除雪機・日産ディーゼル)

礼文空港格納庫(除雪機・日産ディーゼル)

格納庫の中には黄色い大型除雪機が保管されていた。「NISSAN DIESEL」のエンブレムが見える。廃港後も除雪機が保管されているのは、緊急時に滑走路を即座に使えるようにしておくためだろう。インフラの「スタンバイ」状態を端的に表す一枚だ。

23.礼文空港格納庫(除雪ロータリーブレード)

礼文空港格納庫(除雪ロータリーブレード)

除雪機のロータリーブレード部分のクローズアップ。冬の礼文島を長年支えてきたであろう機械の重厚感が伝わってくる。

24.礼文空港(有刺鉄線フェンスと照明灯)

礼文空港(有刺鉄線フェンスと照明灯)

有刺鉄線が張られたフェンスと滑走路端の照明灯。無人化された空港であっても航空法上の管理は継続されており、不法侵入を防ぐフェンスはしっかりと機能している。

25.礼文空港(管制塔と有刺鉄線フェンス)

礼文空港(管制塔と有刺鉄線フェンス)

管制塔とフェンスを縦構図で。有刺鉄線と錆びた照明灯の組み合わせが、廃港の現実を突きつける。

26.礼文空港(腐食した格納庫のシャッター)

礼文空港(腐食した格納庫のシャッター)

格納庫のシャッターは腐食が激しく、側面のパネルは大きく朽ちている。離島特有の塩害と厳しい気候の影響だろう。維持管理コストの高さが見て取れる。


礼文発電所(北海道電力ネットワーク)

礼文島の電力は、本土からの送電線で供給されているわけではない。海底ケーブルも敷設されておらず、島内の発電所が唯一の電源だ。

その主力を担うのが、香深地区に立地する礼文発電所(北海道電力ネットワーク株式会社)だ。1946年3月の運転開始という長い歴史を持ち、現在の出力は5,050kW。ディーゼル(内燃力)発電方式で、燃料となる重油を島外から船で運び込んで発電している。

エビデンスとして確認しておくと、礼文島には礼文発電所(5,050kW)のほかに、1,210kW規模の別の内燃力発電設備も記録されている。礼文発電所が主力電源であることは間違いないが、島内の発電設備が1か所のみというわけではない。

今回撮影したのは香深の礼文発電所(5,050kW)だ。2本の高い鉄骨製煙突が山を背景にそびえており、遠くからでもひと目でわかる存在感がある。燃料タンクには「ほくでんネットワーク」の文字が大きく入っており、北海道電力ネットワーク株式会社が一体的に運営していることが読み取れる。

本土の大規模電力網とは完全に切り離された離島で、自前のディーゼル発電所が島全体の電力を賄い続けている。その事実に、私は強く惹かれる。

27.礼文発電所(燃料タンクと煙突)

礼文発電所(燃料タンクと煙突)

礼文発電所の全景。2本の鉄骨製煙突が目を引く。手前の燃料タンクには「ほくでんネットワーク NO.2」「ほくでん NO.1」の文字。北海道電力ネットワーク株式会社が発電と送配電の両方を運営する。

28.礼文発電所(ほくでんタンクNO.1・NO.2)

礼文発電所(ほくでんタンクNO.1・NO.2)

燃料タンク2基を正面から。薄緑色のタンクに「ほくでんネットワーク NO.2」と「ほくでん NO.1」が並ぶ。ディーゼル発電に使う重油はここに備蓄され、定期的にフェリーで補給している。灯油備蓄施設と同じく、離島の自給エネルギーインフラの要だ。

29.礼文発電所(発電棟と煙突)

礼文発電所(発電棟と煙突)

発電棟と2本の煙突を正面から。白い外壁の発電棟と鉄骨の煙突が、背後の山の緑と対比をなす。1946年以来、礼文島の光と熱を支え続けてきた施設だ。

30.礼文発電所(煙突を見上げる)

礼文発電所(煙突を見上げる)

煙突を縦位置で見上げた。高さのある鉄骨製煙突の存在感が伝わる。ディーゼル発電所の排煙は重油燃焼によるものだが、離島という条件下ではまだしばらくこの方式が続くだろう。

31.礼文発電所(全景と北海道電力看板)

礼文発電所(全景と北海道電力看板)

道路沿いから見た礼文発電所の全体像。住宅と隣接した立地に、離島らしい密集感がある。黄色い看板が目印だ。

32.礼文発電所(施設銘板)

礼文発電所(施設銘板)

「北海道電力 礼文発電所」の黄色い施設銘板。これが見たくて来た。1946年運転開始のディーゼル発電所が、今もなお礼文島の電力を一手に担っている。インフラマニアとして、これ以上に熱くなれるものはない。


まとめ

礼文島という離島において、エネルギー・交通・防災の観点から見たインフラが、この3施設に凝縮されていた。

灯油備蓄施設は、冬の礼文島の暖をとるための燃料を確保する。行政と漁協が連携して燃料を備蓄する仕組みは、離島のサバイバル戦略そのものだ。礼文空港は、定期便こそ失ったものの、緊急医療搬送という生命線として休止状態で維持されている。朽ちかけた施設の中に除雪機が保管されているのは、いつでも滑走路を使えるようにしておくという意志の表れだ。そして礼文発電所は、島の電力を1946年から80年近くにわたって支え続けている。

離島のインフラは、本土のそれとは異なる重さを持っている。補給が途絶えれば、そのまま生活が止まる。だからこそ、備蓄し、維持し、スタンバイし続ける。礼文島のインフラを巡りながら、そのことをあらためて感じた一日だった。

撮影機材

  • Canon EOS R6 + RF24-105mm F4-7.1 IS STM
  • Sony Xperia1II

更新履歴

  • 第1稿投稿 2026年5月20日 22時00分